原点にあるのは、
「仕立て直す」ことで
広がる選択肢でした。
ある春の日、ひとりの同僚がふとこぼした言葉が、彼の人生を変えた。「身体障害のある友人がね、着たい服がまったくないって、いつも嘆いている」。その言葉に、前田哲平は立ち止まった。―服がない? この世の中に? 「ユニクロ」で働く彼にとって、それはにわかに信じがたい話だった。
「最初は、本当に実感がわかなかったんです。“世界中のあらゆる人々に、良い服を届ける” ことを掲げて頑張っているユニクロですら、まだ届けられてない人がいるなんて。私自身、その理想の一端を担っているとも思っていました」
だけど、その「まだ届いていない人」が確かに存在しているというのだ。同僚の友人には、身体障害があるという。前田は、自ら確かめるように、障害のある当事者に話を聞いてまわった。個人的な活動として、座談会を開き、飲み会に混ぜてもらい、車椅子ユーザーと一緒に売り場を歩いたりもした。ネットアンケートも含め、気づけば3年で約800人に話を聞いた。
「とにかく、知りたかったんです。なぜ〝着たい服がない〟のか、その本当の理由を」
そして分かったのは、服が「ない」わけではないということ。あるにはある。でも、障害のある人は、基本的に服を「着やすさ」で選ばざるを得ない。自分の好みよりも、着脱のしやすさが優先される。だから健常者に比べて、圧倒的に服の選択肢が少ない。そして、「自分の好き」を諦めてしまう。
「最初は、ユニクロで何かできるんじゃないかと思ってたんです。特別なラインをつくるとか。でも、障害のある方の困りごとは本当に人それぞれで、それには、共通の服では応えきれないとわかってきました」
だったら、「手を加える」しかない。それぞれの身体に合わせて、「既製服をその人の服に仕立て直す」方法を考えるようになった。
では、自分でやろう。

本気で取り組むには、会社を去るほうがいいと思い、先にユニクロを辞めることを決めた。辞めるとき、すでに頭の中にはぼんやりと「仕立て直し」のイメージがあった。でも、何をどうすればいいかはまだ分からない。だから、また人に会いに行った。キヤスクのヒントになる話を聞いたのは、その頃だった。
「肢体不自由のお子さんがいらっしゃるお母さんの話です。そのお子さんが、“着やすい服”ではなく、“着たい服”を着られるように、独学でお直しの技術を取得されたそうなんです。さらに、その技術を、同じような悩みを抱えて困っている方々に、提供される活動をしているという話をお聞きして」
その話を聞いたとき、前田の中で点と点がつながった。「お直し」なら、選択肢は広がる。さらに、それを届ける「誰か」がいれば——サービスにできる。
「既製服を買って、それを〝その人のために〟直す。それができれば、障害があっても、自分の好みで服を選べるようになる。これって、ものすごく根源的な自由じゃないかと思ったんです」
ものすごく根源的な
自由じゃないか

その自由を、ひとりでも多くの人に届けたい。そう思って2021年に準備を始めたのが、「キヤスク」だった。立ち上げにあたり、まず前田がしたことは「反転」だった。服を直す側ではなく、直してもらう側の立場で考えてみたのだ。
「車椅子ユーザーの知人に頼んで、街のお直し屋さんに、
希望するお直しを依頼してもらいました」
しかし、「前開き」というメニュー自体が存在しない。どう依頼していいのか、わからない。仮に引き受けてもらえても、材料は自分で調達してきてくれと言われる。しかも、価格は「〇〇円〜」の時価で、いくらになるのか怖くて頼めない。引き取りもまた、移動の負担がかかる。
「だったら、その真逆をやろうと決めました」
すべてをオンラインで完結。メニューと価格を明示し、材料も不要。「前開き」や「横開き」など、身体に寄り添ったオプションを最初から提示する。
クラウドファンディングで資金を募ると、障害のある人の家族や、裁縫が得意な人たちが「キヤスト」として手を挙げてくれた。
「〝自分が困ってきたからこそ、誰かの助けになりたい〟
っていう人が、本当に多かったんです」
そうして2022年、キヤスクは正式にサービスを開始した。注文はフォームから。やりとりはチャットで。直す人と直される人ではなく、「並んで考える関係性」で、服を仕立てている。
「ひとりの服に、一つひとつのお直しにはストーリーがあるんです。だからこれは、ただのお直しじゃない。服と人の、再会なんです」
The Story Continues
Profile

前田 哲平
Teppei Maeda
1975年、福岡県生まれ。株式会社コワードローブ代表。
福岡県立筑紫丘高校、早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業後、福岡銀行に入行。営業店にて勤務。
2000年、株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社。店舗運営から新規事業開発、販売計画・生産計画・経営計画、EC運営まで幅広く担当。2018年からの3年間で、障害や病気のある方800人以上へのヒアリングを実施し、服に関する多様な悩みや工夫にふれる。
2020年9月、ユニクロの前開きインナー開発プロジェクトを主導し、「子供用ボディスーツ」の商品化を発案。SNS・Webニュース・テレビなどで大きな反響を得る。また、全国のユニクロ店舗において、障害者や高齢者がより買い物しやすい環境づくりにも全社的に取り組んだ。
2021年に退社後、株式会社コワードローブを設立。現在に至るまで、「服をあきらめない」社会の実現に挑み続けている。ユニバーサルマナー検定2級取得。家族は妻と二女。




